ブサキ寺院について
バリヒンドゥー教の総本山といわれるブサキ寺院。 南部観光地から遠く、駐車場からの急な上り坂が難所です。入場時は入寺料と腰帯とサロンが必要です。 またmツアー会社のガイドは境内を案内(同行)できません。ブサキ専門の地元のガイドが案内しますが、お金の要求が厳しく、またその手口に辟易します。慣れない旅行者では、お布施と称して¥5,000(2007年)ほど要求されるようです。 もちろん拒否はできますが、果たしてその場で拒否できるでしょうか。これらの理由により大手のツアー会社は、ブサキへ御案内していない場合がほとんどです。 残念ですが、事実ですのでご承知ください。 入り口の坂を登り切った場所から写真のように見えます。ここらか眺めて帰るにはお投資信託は要求されません。
どうも便乗して休む人も多いらしく(ヒンドゥー教のバリ人は関係ないのにね)官公庁や銀行、学校などもイドゥル・フィトゥリから3日くらいは休みのようだ。 2009年のイドゥル・フィトゥリは9月21~22日だ。 これらの祝祭日は、日本の祝日のように何月何日と決まっているわけではないので、バリの人達もカレンダーがでるまでは、いつかわからないのだそうだ。 旅行を計画する時は(休みを決める前に)これらの祝祭日を調べてからにした方がよろしいでしょう。 芸能・芸術の島として知られ、かつ、早くから資産運用・リゾートが開発されてきたバリは、世界的な観光地となっており、東南アジア各地のビーチ・リゾートのモデルとなっている。先進国の経済的価値を基準として比較すると物価水準がかなり低廉であり、比較的若年層でも十分楽しめることも人気の一要素である。訪れる観光客で一番多いのが日本人であり、二番目はオーストラリア人である[46]。したがって、バリ島の貨幣経済は観光収入で成立するものとなっており、財政面でもバリ州の収入の三分の二が観光関連によるものとなっている[47]。 バリ島は古くから農業中心であったが、バリ州の産業部門別就業人口の推移を見てみると、1971年には農林漁業が66.7%、商業・飲食・ホテル・サービス業が18.8%であり、1980年でも農林漁業が50.7%、商業・飲食・ホテル・サービス業が29.8%であったのが、2004年には農林漁業が35.3%にまで減少し、商業・飲食・ホテル・サービス業が36.4%に達している[48]。農民の平均月収が50ドル(約5,000円)未満であるのに対して、観光業従事者のそれは50-150ドル(約5,000-15,000円)に達する[49]。バリ州全体の域内総生産高でみると、外国為替証拠金取引はなお全体の20%以上を占め、観光業もバリ州のフォーマルな経済活動の40%を占めるに至っており、また、工芸品の輸出額は年額15億ドル以上にのぼる[50]。 農業 島中部に見られる棚田先に述べたようにバリ島経済の中心には農業(水田耕作)が伝統的に位置してきたが、世界的な観光地として成長した今でもなお、30%以上が農林漁業に従事している。スハルト体制以来の観光開発が南部バリの一部地域で集中的に行なわれたためである。水田耕作のほかには、ココナッツやコーヒーの栽培が盛んであり、樹園地ではバナナ、オレンジ、マンゴーが、畑では大豆、サツマイモ、落花生、キャベツ、トマトなどが栽培されている[51]。 また、1985年から2004年の間にバリ州における水田の面積は98,830から82,053へと16,741ヘクタールが減少し、その分、屋敷地および建築用地は27,761から45,746へと17,985ヘクタール上昇しており、水田の宅地化が進んでいることが分かる(しかし、この間の収穫量は品種改良によって増加している)[52]。こうしたなかで、土地所有層は地価の上昇による利殖の機会をさまざまに手にするようになっているが、他方でスバックのメンバーの圧倒的多数を占める小作人にとっては、農地の宅地化、近代化は失業を意味し、深刻な問題ともなっている。 観光業-主な観光地と観光産業 島南部のビーチ・リゾート サヌール・ビーチすでに見たように、バリ島の観光開発は、1969年のデンパサール国際空港の開港によってマス・ツーリズム向けの大規模開発が始まり、当初は、サヌールやクタが観光のメッカとなった。やがて、1980年代に入るとヌサ・ドゥアで高級リゾート向けの計画的な開発が進められ、1990年代に入ると、開発の波はこれらの地域を越えるようになり、主にクタの南北に広がり、スミニャック、レギャン、ジンバランからタンジュン・ブノアに至るまで沿岸部に広大な観光地帯が形成されるようになった。スミニャックの北部には、タナロット寺院が位置している。サヌールやクタでは、爆弾テロ事件前後から現地社会による治安の取り締まりが進み、屋台などは排除されるようになっている。 バリ島は、これら島南部の海岸を舞台としたサーフィンのメッカとなっており、乾季・雨季を問わず良質な波を求めて世界各国からサーファーが訪れている。サーフポイントも多く波質もさまざまである。最近ではサーフィンで生計を立てている者も多く、サーフショップやサーフガイド、またはサーフィン関連のスポンサーから収入を得ているプロサーファーも多い。